年上を敬う理由は?意味もなく年下が馬鹿にされる理由は?

よく学校で習いませんでしたか?

「目上のかたは 敬いなさい。」と。

これは儒教の考え方で 確かに悪い考え方ではありません。

しかし その考え方が 拡大解釈され 目上の方自身が

「俺は年上なんだから 偉いんだぞ 」

と 本人が威張る・・・そんな方がけっこういらっしゃいます。

年齢の高さを、偉さの理由にするのは 個人的には違うと思います。

なぜ年齢が高ければ 敬われるのは あたりまえと考えてしまうのか ?

今回は その理由について考察したいと思います。

なぜ年齢が高ければ偉いのか?

 

私の個人的な考え方ですが ただ年齢が高ければ偉い という考え方には 疑問を感じます。

確かに 昔の日本は 若い人よりも 年長者 そして 高齢者の方は 絶対数が少なく貴重な存在でした。

年長者の方は長年生きてきたから、様々な知恵や経験を 持っています。

ですから 若い人や 未熟な人たちからすれば尊敬の的でした。

しかし現在は 科学の発達により 高齢者の絶対数も増え、かつネットの情報が氾濫し 知識が膨大に膨れ上がっています。

ただ純粋に 年上だから という理由で尊敬する必然性がなくなってきています。

さらに 先ほど申し上げましたように  「俺は年長者だから 偉いんだ」と本人が言えば言うほど より尊敬されなくなってしまいます。

ここで一つ私個人の考え方を言わせてください。

ただ年上だから敬ういう考え方は むしろ 個人にとっては侮辱なんじゃないかと思います。

なぜなら その人の性格、能力 知識や経験・・・そういった その人自身の培ってきたものを無視してただ年齢が高いだけで自動的に 敬っているからです。

ノーベル平和賞受賞した 70代の方も 酒に溺れ 多くの犯罪を犯した 70代の方も 同様に敬えというのでしょうか。

逆に ただ年齢が若いというだけで 若者を軽く見る そういう考え方も現在では通用したくなっています。

私自身30代ですが、70歳であろうと 10代であろうと 同じように敬語で話してしまいますね。

例えば 藤井聡太 さんや 羽生結弦くんなど 尊敬すべき 偉大な10代はたくさんいます。

若いものは 年長者を敬う。

確かに 一理ある考え方ですが 全てその考え方が 通用する時代 ではなくなっていると個人的に思います。

そのため ただ

「年齢が高いから俺は偉いんだ 年齢が低いから お前ら俺の言うことを聞け!」

という考え方は そろそろ捨てた方がいいと個人的に思います。

むしろいまの時代、若い人にこそ教えを請うべきだと思います。

時代はどんどん変化していきます。

目上の方、年齢を重ねた方は確かに経験知識はあると思います。

しかしそれは昔の時代の経験や知識なのです。

ですから その経験や知識は 5年後10年後 必ずしも役に立つとは限りません。

確かに どんな時代になっても変わらず 利用できる 普遍的な技術はあります。

しかし 時代によって 簡単に淘汰されてしまう考え方や やり方もあるのです。

若い人の考え方、感性全てを真似る必要はありませんが いいなと思ったところは積極的に取り入れるべきだと思います。

「最近の若い者は・・・」 という言葉は ローマ時代からあったと聞きます。

年をとった人間が 若い人の考え方や行動が理解できないから そういう言葉が出てくるんだと思います。

それは仕方のないことです。

しかし 私個人の考え方としましては、自分以外の 人間の行動はいつも不可解でした。

自分と同年代の人 は同じ考え方なんだという安心感を持った ことはありませんでした。

ですので 10代であろうと80代であろうと、私にとって同じに見えました。

私は孤独であったが故に 同年代の人と つるむことが少なかったからです。

逆に言えば こういう考え方でいいんだ という安心感を得られなかったから 様々な本を 読み漁っていましたね。

孤独だったおかげで 3000年も前の 本や 偉人などの本に 出会えたのかもしれません。

それが今の私を形作っていたりします。

若い世代への懸念

 

今の若い方は 自分の年代より上の人や 大人達に不信感を 抱いてるかもしれません。

そして同年代と鶴見 SNS で お互いを慰めあい 心の拠り所としてるかもしれません。

確かにそれは大切なことです。

大人の力は絶大です。

子どもはあまりにも無力で、大人から 実力を認めてもらうことは 少ないと思います。

赤ちゃんや、小さい子どもの場合は とにかく褒められるとは思いますが、10代後半から20代前半にかけては 特に大変だと思います。

学校から考え方を詰め込まれて 個性的な振る舞いを禁止されて それなのに 自分なりの個性を出せだ 将来の夢を持てだなどと 言われてしまうからです。

そのため 同世代と結束して 心の平穏を保つことは 必要だと思います。

しかし その後の人生を考えると、それだけでは 自分の人生を切り開いていくことは難しいでしょう。

他の世代と同じ考え方になってしまうため 差別化が図れないからです。

また 成功への道を志す者は例外なく孤独を味わうことになります。

その 先の見えない暗闇の道を 歩く勇気。

その覚悟が 育まれなければ、皆と同じ平凡で怠惰な道を進むことになるでしょう。

それでも構わないのかもしれません。

しかし 本当にそれで良いのでしょうか?

人生は一度きりです。

あなたは自分自身の才能を 十分に発揮できないまま 人生を終えるのですか?

それはもったいないと思います。

ですので SNS で 同世代と つるむだけではなく、自分なりにチャレンジをするべきだと思います。

同世代の方にそのチャレンジを言う必要はありません。

場合によっては その人たちから理解されない種類の挑戦もしたいと思うこともあるでしょう。

その時 同世代の人に そのことを言ってしまったら 止められたり、場合によっては 馬鹿にされたりする危険性があります。

それは社会人でいうところのドリームキラー というやつですね。

そういう挑戦することを止めようとする 人が出てきますので、黙ってチャレンジするべきです。

私自身もこうやってブログを書いたり ネットビジネスを勉強することで 新たな挑戦を続けています。

しかしこれを同世代や 目上の会社の方で話すことはしません。

理解されると思わないからです。

それでいいんです。

勝手に挑戦していけばいいんです。

これからは挑戦する 人のみが 豊かになっていく時代ですよ。

あなたはどんな 挑戦がしたいですか?

その思いを形にするために まずは行動してみてはいかがでしょうか。

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