人間不信の塊のようなおっさんが102人のライターさんを雇用している件について

どうも、カントです。

私は現在102人のライターさんと共にブログ運営をしております。

ライターの皆さんは優秀な方が多く、割と良い関係を築けていると思います。

そんな私ですが、かつては人間不信の塊でした。

高校の頃、友人に

「おはよう!」

と挨拶されただけでも、喉元にナイフを突きつけられるような恐怖を感じるほど。

他者と接するのが恐ろしくてたまりませんでした。

人と仲良くするのが無理でしたので、学生時代はずっと図書館で本を借りて、

家で本ばかり読んでいました。

本の虫、まではいきませんでしたが、当時はスマホどころか携帯もあまり普及していない時代。

他にすることがなかったのです。

ラノベ(当時はファンタジーノベル)を読み漁り、そのジャンルを

読み終えたら翻訳された海外小説を読み、エッセイを読み・・・。

当時は孤独を癒すためにかたっぱしから本を借りて読んでいましたが、今ではその知識が

割と財産だったりします。

スマホが普及する前、若い頃に

  • ドストエフスキー
  • ジャン=ジャック・ルソー
  • ヘルマン・ヘッセ

など、ある程度読むのに骨が折れる小説を読破した経験は、

「自分には本が読める」

という自信に繋がり

「本さえ読めれば、自分はどの分野でもある程度勉強できる」

と、思い込むことができました。

本は、いくら読んでも一切文句は言いません。

いきなり怒り狂ったり、急に悪辣な言葉を発したり、意味不明な態度をとる事はありません。

当時の私にとって、人間は意味不明な存在でした。

しかし、本はじっくりと納得いくまで対話できた。

その為、本ばかり読んでいたのだと思います。

そんな私でしたが、今はネットビジネスに挑戦していて

ライターさんを102人抱えております。

何故、そんな人間不信の塊のような自分がそんな事ができたのかといいますと。

ぶっちゃけ必要に迫られたとしか言いようがありません(笑)

一人でできることは限られます。

ブログを書くのでも、1日1記事書いても、一年で365記事。

しかも今の時代、書いただけでは上位表示するのは難しく、リライトするのが当たり前になりつつあります。

毎日休まず書くのだけでも大変なのに、キーワードを選んで、ライバルチェックして、順位を見て、リライトかけて、

記事を書く以外でもやることはたくさんあります。

ブログで稼ぐのは時間がかかります。

しかも、そういった地味な作業をかなりの時間と労力を費やして初めて、

稼げるスタート地点に立てるのです。

・・・一人だと、マジで心が折れますよ汗

ですので、私は外注化システムに出会わなければ、ブログ運営はしませんでした。

必要に迫られての事でしたが、今ではライターさん達と共にブログ運営できている事を

ポジティブにとらえています。

「私なんかが、ライターさん達の力になれるだろうか?」

人間不信ならではの自身の無さが、ちょっと過剰な教育を生んでいる側面もあるかと思います。

「ライターさんに、私の元で働くメリットを提示しなければ、働いてくれるはずがない」

そう思い、私の元で働くメリットや、徹底的にライター視点で考えるといった要素を

募集文などに盛り込んでいたりします。

結果的に、人間不信な考えがプラスに働いているという不思議現象が起こっています。

人はどうせ、メリットがなければ動かない。

そんな冷たい思考回路が働いていることは確かです。

しかし、ことライティングを教えるに関しての熱量は、明らかにビジネスライクではありません。

私は20年間、小説や歌詞を書き続けてきました。

それらの感性を生かして制作した作品を、地元のバンドマン達に全否定された。

その悔しさや、やりきれなさ。

その思いがあるから、人が一生懸命書いた記事に対して、私はないがしろにできないのだと思います。

私は人間不信でしたが、作品が持つ力を信じています。

人は信じれなくても、人が作った作品・・・本と向き合い、

そこに書かれた言葉に励まされ

書かれた物語に心躍らせた

そんな経験が、今に通じているのだと思います。

ぶっちゃけ、人間を信じれなくても、それで落ち込む事はないと思います。

この世の中は、人間社会だけで構成されているわけではありません。

空とか、車とか、建物とか、犬とか、アリとか、土とか、風とか、海とか。

人間以外の要素の方があっっっっっとうてきに多いんです。

私たちは、日々スマホやテレビなどで人間社会ばかりの情報を受け取りすぎているため、

この世界は人間を中心に回っていると勘違いしているけれど、

ぜんぜんそんな事はありません。

たとえば、公園とかにある木を、一時間見続けてください。

ただ、木をみる。

見続ける。

文字情報も、映像も遮断して、ただ木とだけ対峙する。

そうすると、その木は、ネットニュースや、人間社会のあれやこれやとまっったく無関係に存在している事に

気づくと思います。

それと同様に、人間社会とはまったく関係のないところで、自然界のあらゆるものが動いでいるのです。

人間社会なんて、この地球上の営みからすれば

代々木公園にできた、ちっっっっさなアリの巣みたいなものです。

人間が一生のうちに出会える人間の数は、たかが知れています。

そんな小さなアリの巣の中で

どうせ私は、こんなものだ」

と嘆いているだけなんですよ。

だんだん何が言いたいのかわからなくなってきましたが汗

結論。

人間不信とかになっても、別に大丈夫だぜってことで。

今回は終わります。

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